大判例

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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1252号 判決

本店所在地

大阪市平野区加美東一丁目三番一三号

有限会社竹森化工

右代表者代表取締役

竹森征夫

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五八月八月三一日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 能登哲也 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鼎博之作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検事能登哲也作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するものであるが、記録によって認められる本件法人税逋脱の額、方法、特に被告会社依頼の税理士をも加担させて架空仕入れ、架空外注費を計上するほか、売上除外を行う等不正の方法によって申告しなかった所得金額は三期合計約一億六、八〇〇万円、逋脱した税額は同合計約六、七六〇万円にも及び、その絶対額が高額であるばかりでなく、逋脱率も一〇〇ないし九〇パーセントという高率の違反であって、所論のようにその犯情が悪質といえないものとは認め難いこと等に徴すると、逋脱をするに至った動機が不況に備えた自衛のためのものであることのほか、罰金以外に本税、重加算税その他多額の諸税が賦課徴収され、すでにかなりの制裁的措置を受けていること、更には被告会社及び被告会社の代表者に同種の前科がなく、被告会社代表者が勤勉でまじめな者であること等所論指摘の被告会社に有利な諸般の事情の存することを十分考慮しても、被告会社に対し罰金一、四〇〇万円を科した原判決の量刑が不当に重いものとは認められない。論旨は理由がない。

(なお、原判決は、被告会社の原判示第一の所為に対する法令の適用において、昭和五六年法律第五四号による罰則改正の経過措置に関し、同法律附則五条により同法律による改正前の法人税法一五九条一項(及び一六四条一項)を適用するものとすべきところ、これを誤って、法人税法附則二条、一九条により右法律第五四号による改正前の法人税法一六四条一項、一五九条一項を適用するとした誤りがあるが、原判決も結局は右法律第五四号による改正前の法人税法の罰則を適用することとしているので、右の誤りは判決に影響を及ぼさず、破棄の理由とならない。)

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 石田登良夫 裁判官 安原浩)

○ 控訴趣意書

被告人 有限会社竹森化工

右代表者代表取締役 竹森征夫

右の者に対する法人税法違反被告事件につき、弁護人の控訴趣旨は、次の通りである。

昭和五八年一一月二一日

右弁護人

弁護士 鼎博之

大阪高等裁判所 第五刑事部 御中

原判決は、刑の量定が著しく不当であって、破棄されるべきである。以下詳述する。

一 原審における弁第七ないし一〇号証及び二〇号証によれば、被告会社は、所轄税務署より、本税七五、九〇二、二〇〇円、重加算税二二、七七〇、三〇〇円、延滞税九、二四六、三〇〇円の納付を要求されている。このうち、昭和五三年五月より同五四年四月までの事業年度分については、起訴されていないが被告会社は本税、重加算税、延滞税として八、〇六四、八〇〇円の納付を要求されている。このうち、本税は、完納し、重加算税、延滞税については、毎月末に支払期日の到来する約束手形を三十数枚振出し支払っている。

結局本件起訴にかかる法人税逋脱事犯につき、被告会社は右逋脱税額全額及びこれに対する重加算税、延滞税を納めており、これによって国家の徴税権は既に完全に回復したものである。この場合における司法権の発動は、社会一般に対する警告(一般予防)と違反者に対し再び同種の反抗をなさしめない程度の教育的措置(特別予防)を以って必要かつ充分と言うべきであり、みだりに違反者を厳罰に処することだけが刑事政策の目的ではない。

二 原判決が、いかに過酷であるかを被告会社に課された重加算税の点から検討する。

国税通則法六八条は、「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、・・・当該基礎となるべき税額に百分の三十の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する」と規定しており、行政庁による一定の懲罰的色彩をもつことは明らかである。

ところが、重加算税と罰金との関係については、重加算税を課するのは、行政上の措置たるにとどまり、刑罰としてこれを科するものでなく、法人税法所定の逋脱犯を構成するときは加算税の他に刑罰たる罰金に処しても憲法三九条の規定欠違反しないとするのが判例の立場である(最判昭和三六年五月二日)。

しかしながら、納税者の側からみれば、行政庁による懲罰たる重加算税の納付要求と、裁判所により課される刑罰たる罰金とは法律的性格は異なるとはいえ懲罰たる性格を有することは自然の道理である。被告会社は、起訴にかかる三事業年度における逋脱に対し、二一、二三〇、四〇〇円の重加算税を納付している。

これは、三事業年度の逋脱税額の合計額六七、六〇四、九〇〇円の三一・四パーセントにあたる(修正申告額と原審認定の逋脱税額に差があるため三〇パーセントを越える)。

これに延滞税の三事業年度の合計七、八五四、六〇〇円を加えると二九、〇八五、〇〇〇円となり、右の逋脱税額六七、六〇四、九〇〇円に対する割合は、実に四三・〇二パーセントとなる。

このような多額の割合の附帯税、ことに重加算税が懲罰的意味を持たないわけがない。

現に、被告会社は、右の税金納付のために一億四、〇〇〇万の借入をしており、この反済だけでも毎月三〇〇万円以上の返済に追われている。これは、会社の存立をもおびやかしかねない金額であり、単なる利益の剥奪や制裁という範囲を越え、被告会社の破綻をも招来しかねない程度の多額の金額である。

被告会社の金融機関からの借入れは次の通りである。

借入日 借入金額 毎月返済額

(1) 昭和五八年二月二八日 三、〇〇〇万円 約六八万円

(2) 昭和五八年三月一九日 二、〇〇〇万円 約四五万円

(3) 昭和五八年四月 四日 七、〇〇〇万円 約一二〇万円

(4) 昭和五八年四月二六日 一、〇〇〇万円 一六万円

(5) 昭和五八年五月 九日 一、〇〇〇万円 三三万円

合計 一億四、〇〇〇万円 約二八二万円

この金員借入れのため、被告会社代表者竹森征夫の所有地である大阪市平野区加美東一丁目五一番二所在、田、四四二平方メートルと被告会社の所有である同所、家屋番号五一番二、工場兼倉庫に極度額七、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、更に、被告会社代表者竹森征夫の所有地である大阪市平野区加味北九丁目四番四所在、宅地八二・八三平方メートルと同人所有の同所所在家屋番号加味北九丁目四番の四、作業場居宅に極度額二、二〇〇万円の根抵当権を設定した。

このように、多額の借入れをしなければならなくなったのは、法人税(国税)に加えて、地方税としての市民税一〇、九七一、一〇〇円、府民税四、五七九、〇八〇円、事業税二三、一〇九、一二〇円(いずれも昭和五三年度から同五六年度までの四事業年度の滞納額合計)と更に、府民税に対する重加算税、延滞税一三、九三〇、〇〇〇円及び市民税に対する重加算税、延滞税一〇、五六〇、〇〇〇円を支払わなければならなかったからである(原審における弁第一一乃至一九号証)。

結局、被告会社は、四事業年度の法人税関係(重加算税、延滞税含む)として一億七九一万八、八〇〇円、更に、地方税関係(重加算税、延滞税含む)として六三、一四九、三〇〇円の支払いを余儀なくされたものである。右法人税と地方税の総合計は、一億七、一〇六万八、一〇〇円の莫大な金額にのぼる。これ以外に源泉所得税四八七万六、四六二円も支払わなければならず、本年度は、税金を払うためにすべての財産を投げだしたも同様の状態である。

従って、刑事罰を課す以前において被告会社は、本件脱税事犯について、厳格な制裁を受けており、それ以上に厳罰に処する必要はないと考える。

三 被告会社の経歴

被告会社の前身は、個人営業として昭和四六年九月設立した竹森加工である。当初、代表者の竹森征夫と妻、それに実母竹森アヤコの三人が従業員であった。製造するものがプラスチック加工品ということで一個製造していくらの儲けになるという薄利なものであるので、朝は八時から夜は十二時、一時まで仕事をした。

勿論土曜日も日曜日もなくぶっ通しで働いてきたのである。三~四年後、従業員を置いたが、労働条件は家族経営の頃と変わらなかった。

昭和五二年四月に有限会社竹森加工として法人化した。

しかし、昭和五二、三年頃までは、オイルショックの影響で石油製品であるプラスチックの原料が手に入らず、殆んど得意先からの支給原料で仕事をしていたため売上げも伸びなかった。

ところが、前述のような、朝から深夜までの猛烈な仕事ぶりにより、次第に仕事も増えていき売上げも増加していったものである。本件起訴にかかる昭和五四年から五七年頃が、最も売上げが伸びた年であった。それでも、プラスチック成型加工業という業界は、景気の変動が激しく、需要に格段の高低差がある。例えば過去、キユーピーの玩具がブームの時は、朝から晩までキユーピーの玩具を作っても売れたが、ブームが去るとパタッと需要がなくなってしまった。昭和四八年と五三年の石油パニックのときは散々な業績であった。昭和五四年以降、プラスチック加工業界が比較的好調だったのは、ステレオ等音響製品の部品にプラスチックが使われ、順調な伸びを示したためである。しかし、現在では一時のような音響ブームも去り低調な需要しかない。

本年に入って被告会社の売上げは、相当落ちている。即ち、月間売上げは約二、〇〇〇万円であるが、経費として、材料費九〇〇万円、人件費五〇〇万円、支払手形三九〇万円、借入金返済五〇〇万円、その他二〇〇万円となっており、経費が約二、四九〇万円あり、毎月約五〇〇万円の赤字となっている。内部留保の金員も底をつきはじめ、新たに借入れを起こすか、売上げの積極的増加を図らなければ赤字の状態より脱却できない状態である。この赤字の最大原因は、税金支払いのため借入れた金員の返済及び税金支払いのため振出した手形を落とす費用である。前述した法人税、地方税の負担がいかに重いかを示している。その上、また更に、一、四〇〇万円もの罰金を納めなければならないとすると、被告会社は倒産のおそれがあるほどの切迫した状態にある。

四 逋脱の動機

被告会社の逋脱の動機は、昭和五三年暮頃より売上げが伸びていったが、景気変動が激しいため、資金の内部留保を図りたかったこと、更に、昭和五五年夏ごろから原料値上がりの傾向があり割安の材料を薄外の資金で買いこみたいと思ったこと、昭和四八年や五三年の石油パニックのときのように品不足になると原料費が高騰するのでブローカーより仕入れることも考えていたこと、裏の資金でブローカーから原料を買うと一割程度安いこと、根本的には前述のように、朝から晩まで働いて得た利益の最高四二パーセントを法人税として納めなければならないことに対する自衛の意味があった。

しかし、税の不均衡感が一般的に存在するとはいえ、被告会社のような小規模零細企業も、上場会社と同様の税率の法人税を納めなければならないことに対する中小企業主の不満ということも事件の背景にあることを充分に考慮されるべきである。

五 犯行の態様

本件の逋脱の態様は、主に、受取手形を仮名の預金口座で取立て振替伝票や帳簿の上では、それだけの経費を計上してその手形で支払ったという処理をする方法、あるいは決算期における帳簿操作ということであって、方法としては得に巧妙、悪質というものではない。

六 売上除外金の使途について

昭和五五年秋より同五六年初めにかけて四か月分の使用料にあたる原料七〇パーセント、約三、〇〇〇万円分を簿外資金で購入し、藤井寺市北岡一丁目一番五号の土地、建物の購入費約七、六〇〇万円のうち、半額にあたる三、九二〇万円程度の支払いにあて、昭和五四年六月から八月ころにかけて多田商事(株)による商品取引の損失金にあてた。

このように大部分が、代表者個人の利益にあてられているが、原料費の値上げに備え、安い材料を手に入れているという中小企業にとって生き残りのための必死の思いが高じたものであって、売上除外金の使途の点からみて悪質というものではない。

七 被告会社の反省、及び再犯の防止

本件査察及び捜査、一審公判を通じて、被告会社は、素直に行政官、捜査官の調べに応じ、いささかも罪証隠滅したり、否認したりする等の態度に出ていない。被告会社代表者は、本件事件を心より反省しており、今後、被告会社の経理を改善し、再犯防止のための財務、経理方法を採用している。

八 被告会社は、同種の前科がなく、代表者個人もおよそこれまで前科、前歴のないまじめな勤労者である。

九 以上のような諸般の状況からみて、原判決の罰金一、四〇〇万円は、被告会社の存立をも危くするほどの過酷な量刑であり、著しく正義に反するものであるため破棄を求めるものである。

以上

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